藤竜也の嫁・芦川いづみの”バンビちゃん”と親しまれた美貌は現在も変わらず!実は交際1ヶ月のスピード婚だった!

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藤竜也さんは日活映画の全盛期に活躍した俳優で芸歴50年以上の大ベテランですよね。

現在でもかっこいいおじさまって感じで活躍していますが若い頃も危ない男の匂いがするダンディな俳優でした。

藤竜也さんには若い頃から一筋の芦川いづみさんという奥様がいらっしゃるんですよね。

芦川いづみさんの気になる現在と藤竜也さんとの馴れ初め、結婚の決めてまで徹底的に調べました。

 

藤竜也のプロフィール

藤竜也(ふじたつや)

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画像出典元:AERA dot.

本名:伊藤龍也

生年月日:1941年8月27日(※80歳)

出身:北京

血液型:O型

藤竜也さんの父親は諸星インキ(現・DICグラフィックス株式会社)の社員で、仕事の関係で北京に赴任した際知り合った横浜出身の女性とお見合い結婚しています。

藤竜也さんは戦時中に帰国して神奈川県横浜市で生まれ育ちます。

日本大学芸術学部演劇学科に在学していましたが在学中に有楽町マリオンの前で彼女と待ち合わせ中にスカウトされ大学を中退して芸能界入り。

1962年10月公開の映画「望郷の海」で21歳のときに俳優デビューしますが当初は通行人の役など端役が多かったそうです。

 

藤竜也の嫁・芦川いづみのプロフィール

芦川いづみ(あしかわいづみ)

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画像出典元:Loopy

本名:芦川幸子(結婚して伊藤姓になり現在は伊藤幸子)

愛称:おムギちゃん

生年月日:1935年10月6日(※86歳)

出身:東京市滝野川区(現在は東京都北区南部)

出演作品:映画「孤島の太陽」「若草物語」「夜のバラを消せ」、ドラマ「東京物語」「志都という女」「空に真赤な雲のいろ」

芦川いづみさんはミュージカルやレビューを得意とした松竹歌劇団(SDK)に所属していました。

同劇団は草笛光子さんや倍賞千恵子さん、淡路恵子さんら数々の有名女優を輩出しています。

法政大学国際高等学校を中退して1952年に松竹歌劇団付属の松竹音楽舞踊学校に入学しています。

在学中にファッションショーに出演していた際、偶然居合わせた映画監督・川島雄三さんの目に止まって女優デビューします。

スター俳優の石原裕次郎さんと何度も共演し日活の黄金時代を支えた女優です。

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1961「あいつと私」

画像出典元:NIKKATSU

日本のトップ女優として活躍してその美貌から「和製オードリー・ヘップバーン」なんて呼ばれていたようです。

 

藤竜也の嫁・芦川いづみの夫婦仲は?

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写真下左から沢本忠雄 芦川いづみ 宍戸錠 田代みどり 浅丘ルリ子 松原智恵子 山内賢 進千賀子 宮下順子

写真上左から斉藤武市 川地民夫 渡哲也 伊藤るり子 井上梅次 舛田利雄 鈴木清順 片桐夕子 寺島まゆみ

画像出典元:Yahoo!画像検索

藤竜也さんと嫁の芦川いづみさんの夫婦仲はよいのでしょうか。

芦川いづみさんは結婚後、芸能界を引退して専業主婦をしているのであまりメディアに露出しません。

 2007年11月17日に「旧友会」「俳優倶楽部」の合同パーティーが東京・京王プラザホテルで開かれ芦川いづみさんも出席しました。

当時は71歳だったとは思えない美貌で驚きです。

 

藤竜也の嫁・芦川いづみへの愛が一途すぎる・・

2015年出版のエッセイ「現在進行形の男」で藤竜也さんは結婚から50年近く経っても変わらない芦川いづみさんへの愛を綴っていました。

結婚前は、当然カノジョを好きで、 それはとてもスペシャルな感情でした。 時間が経つに連れ、ものすごくプレシャスかけがえのないものになって来る。 それがなんともいえない愛しさになるのです。

引用:現在進行形の男

2003年2月3日公開の映画「東の狼」で藤竜也さんは100年以上前に絶滅したといわれる幻の狼を追う孤高の猟師を演じました。

その時のインタビューで「過去は切り捨てられるタイプですか?」との問いでも妻・芦川いづみさんへの想いは変わらず。

藤 全部切り捨てます。切り捨てられないのは、女房への愛だけです(笑)。愛っていうのも、おかしいけれど。

引用:毎日が発見ネット

結婚して50年以上も一人の女性を愛し続けるなんて少し憧れてしまいます。

 

藤夫妻は毎日寝る前にストレッチをすると決めている!

藤竜也さんと芦川いづみさんは毎日寝る前にストレッチをすると決めているそうです。

膝を曲げ伸ばしするような縦の動きを50回やってからお互いに「おやすみなさい」と言って寝るまでが1日のルーティーンなんだとか。

藤竜也さんは「お互いもう年だから、明日無事に起きられるかわからない」と毎日の二人の時間を大切にしているそうです。

羨ましいくらい仲がいいですね。




藤竜也と嫁の馴れ初めは

さて、藤竜也さんと妻・芦川いづみさんはどのように知り合い、付き合うようになったのでしょうか。

藤竜也さんと芦川いづみさんは同じ日活という芸能事務所所属で共通点がありました。

1962年10月公開「望郷の海」で藤竜也さんが俳優デビューして3年後の1965年四つの恋の物語」での共演がきっかけで付き合うようになります。

この頃藤竜也さんは芸能界入りしたものの、通行人などエキストラが多かったそうです。

芦川いづみさんは6歳年上で日活の看板女優だったこともあり芸能界での地位は天と地ほどの格差がありました。

 

藤竜也が嫁・芦川いづみにビビビッと一目惚れ!

藤竜也さんと芦川いづみさんは交際期間がわずか1ヶ月のスピード婚でした。

藤竜也さんは芦川いづみさんと出会った時を振り返り、こう話しています。

『かつて松田聖子さんが「ビビビッときた」なんてうまいこと言っていましたけど(笑)、まさにそういう感じでして。』

『僕とは全然違って、家内は雲の上の人だった。それでも好きになっちゃった。』

 引用:lifeinfo

藤竜也さんは1962年、大学在学中の21歳のとき東京有楽町マリオンの前でスカウトされ芸能界入りしました。

俳優として若手ながらオーラがあり、情熱に満ち溢れた様子がスカウトの目に止まったのでしょう。

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画像出典元:歌舞伎三昧

そんなところに芦川いづみさんも惹かれて好きになっていったのかもしれません。

芦川いづみさんは相手が下積み時代の俳優でしたが、一度こうと決めたら曲げない性格

仕事だけでなく結婚相手も妥協しなかったんだと思います。

藤竜也さんと恋に落ちてわずか1ヶ月で日活のトップ女優の地位を投げ捨て結婚するその決断力はすごいですよね。

 

芦川いづみは聖母マリアのような女性

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画像出典元:Pinterest

1963年公開の映画「真白き富士の峰」で芦川いづみさんと吉永小百合さんは姉の磯村梢と妹の磯村梓役を演じました。

吉永小百合さんにとって芦川いづみさんは日活で演技を競う先輩でありまた実の姉のような存在で「いづみちゃんは、私にとってマリア様のような存在でした」 と語っています。

吉永小百合さんが作品でNGを重ねた時「泣いちゃだめよ」と優しく抱きしめ慰めてくれたそうです。

作中では姉妹はあくまで設定でしたが「実際の姉のようないづみちゃんに寄り添って懸命に演技をした」と語っています。

 

芦川いづみはファッションリーダーのような憧れの存在だった

芦川いづみさんは1956年のデビュー当初から当時の女性の憧れの存在でした。

日本人離れした顔立ちとキリッとした容姿は学生時代から注目を集め1953年に通っていた高校のファッションショーに出演していたこともあったそうです。

その人気ぶりは凄まじく、当時同じ日活の俳優とロマンスが噂されるなどプライベートのお相手が誰か世間から注目の的でした。

 

 

キリッと整った顔立ち、優しい性格に藤竜也さんも惚れたのかもしれませんね。

 

藤竜也と嫁の結婚の決め手は

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画像出典元:アパッチの映画EXPRESS

藤竜也さんが33歳、芦川いづみさんが39歳だった1968年に結婚しています。

芦川いづみさんが藤竜也さんより6歳年上で、当時まだ俳優として駆け出しだった藤さんと日活の看板女優だった芦川いづみさんとは格差婚だと言われたそうです。

芦原いづみさんは、1955年に松竹歌劇団から日活に移って以来映画「幕末太陽傳」が大ヒット。

1956年には昭和の大スター石原裕次郎さんと「乳母車」で共演してから人気は不動のものとなりました。

日活の看板女優として活躍していた中、周囲からの反対を押し除けての結婚でした。

 

結婚を後押しした石原裕次郎の男気に惚れる・・

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画像出典元:twitter

格差婚と呼ばれた二人の結婚に周囲からの反対も少なくありませんでした。

藤竜也さんは可愛がられていた石原裕次郎さんに「付き合っている子はいるのか?」と聞かれ、芦川さんのことを話すと「俺に任せておきな。心配するな」と言われたそうです。

それから一週間後に石原裕次郎さんから自宅に来て欲しいと言われ、石原裕次郎さんの自宅を訪れると日活の重役が勢揃い

石原裕次郎さんが「タツ(藤竜也)と、芦川いづみさんは結婚することになったから、よろしく」 と宣言して結婚が認められたのです。

藤竜也さんは重役からの視線を一身に受けたそうですが大スターの石原裕次郎さんが決めたことなので反対は出ませんでした。

石原裕次郎さんはお金がなかった藤竜也さんのために結婚式のタキシードまで用意してくれたそうです。

石原裕次郎さんは藤竜也さんが「あの方がいなければ結婚はできなかった」と言ったほどの大恩人でした

 

貧乏で結婚式は嫁の会社がセッティング!

結婚式は1968年に千代田区有楽町にあった日活ホテル(現ペニンシュラホテル東京)で行われました。

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画像出典元:東京日活ホテル

昭和37年に石原裕次郎さんが結婚式を行ったことで有名です。

皇居側の日活国際会館に併設されたホテルの6階から9階部分で映画の舞台にもなった建物です。

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画像出典元:Twitter

藤竜也さんのそばにあるのは4段はあろうかという豪華なバースデーケーキですが、当時は貧乏だったため芦川いづみさんの会社が用意したそうです。

藤竜也さんは豪華な食事を出すのも難しかったため貯金を下ろし唐揚げとサンドイッチでもてなしたそうです。

藤竜也さんは「今、僕にできることはこれしかできないので、勘弁してください。その代わり、お祝いのお金も何も持ってきてくださらないで」とお願いしたんだとか。

格差婚と言われていましたが、藤竜也さんはあまり動じず結婚について語りました。

あんまり感じなかったですね(笑)。そうなっちゃったんだから、しょうがない(笑)。こればっかりは若いからね。情熱があるし、好きでかけがえがないと思うわけですから、もう怖いものはないですよね。

引用:テレ朝POST

ここまで言い切れるってすごいですよね。

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画像出典元:Yahoo!画像検索

藤竜也さんは「ほら、藤なんていう、どこの馬の骨ともわからないヤツと一緒になるから」と芦川いづみさんが言われてしまわないようにと俳優活動に全力で取り組みます。

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画像出典元:aucfan

1969年2月公開の映画「野獣を消せ」は渡哲也さん主演のバイオレンスアクション映画ですが藤竜也さんは脇役ながら強烈な印象を残し、日活のニューアクションジャンルで準主役を務めるようになります。

1973年から人気のTBS系ドラマ「時間ですよ」で謎の男・風間役を演じて、以後テレビの世界でも活躍していきます。

 

嫁・芦川いづみは惜しまれつつも芸能界引退・・そのわけは?

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画像出典元:テレビドガッチ

女優の北原三枝さんと共に日活ツートップを飾り、1960年に北原三枝さんが石原裕次郎さんと結婚して芸能界を引退した後も日活のスターとして活躍していました。

そんな中でしたが芦川いづみさんは1968年、33歳のときに結婚を機に芸能界を引退してしまいました。

女優として絶頂とも言える中で引退してしまったのは女性は結婚したら専業主婦になる人が多かった当時の時代背景があったからではないでしょうか。

北原三枝さんの他にも沢田研二さんの元妻でザ・ピーナッツの伊藤エミさんや大映のスターだった姿美千子も巨人の倉田誠投手と結婚して引退しています。

女優の中尾エミさんは「当時は結婚したら引退、が当たり前だった」という言葉を残しています。

芦川いづみさんもそんな時代の雰囲気から芸能界引退を選んだのではないでしょうか。

 

子供は息子一人

藤竜也さんと芦川いづみさんにはお子さんが一人います。

藤竜也さんが結婚して3年後の1971年に生まれ2022年現在51歳の成人男性です。

スポーツ報知のインタビューによると、藤竜也さんのお子さんは芸能関係ではない職業に就いているようです。

藤竜也さんのお子さんは名前はわかりませんでしたが関東学院中学と高校に通っていたそうです。

横浜市南区三春台にある学校で、関東学院高校には父の藤竜也さんや俳優・声優の古谷徹さん、お笑い芸人オキシジェンの三好博道さんらが通っていたそうです。

同級生によると寡黙で二枚目だったそうです。

 

世間の声

藤竜也さん夫妻に関する世間のイメージをまとめてみました。




まとめ

藤竜也さんの奥さん、芦川いづみさんについてまとめてみました。

一途に奥さんを愛する藤竜也さんの情熱はすごいですね。

芦川いづみさんの現在は品の良い婦人といった感じでした。

藤竜也さんの活躍が今後も見逃せないですね。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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